ダーク ピアニスト
〜練習曲4 人形遣い〜

Part 1 / 3


――「奴だ」
ターゲットスコープを覗いていた男が相棒の男に囁いた。
――「あの銀髪の男が例の『人形遣い』さ」
――「人形遣い? そいつはまた奇妙なコードネームだ。奴は腹話術でもするのかい?」
――「いや。使うのは、生きた人形さ。ホラ、来た。あれだ。奴の後から来る黒髪のチビさ」
――「なるほど。あれはお人形ちゃんだな」
男の言葉がわかったのかルビーがさり気なくこちらを見た。漆黒でサラサラの髪は肩の下で切り揃えられ、分け目のない前髪もパッチリとした目の少し上の辺りで揃えられている。正に愛らしい人形といった顔立ちだ。見た目は、どう見ても14、5才の子供に見えた。彼はその髪や目の色に合わせたような黒いズボンにハイネックの白いフリル付きのブラウスを着ていた。一方、『人形遣い』と称された男、ギルフォート グレイスは銀髪で緑の目をした長身の若い男だった。クールで鋭い目の横顔は研ぎ澄まされたナイフのような鋭利さをかもし出している。服装もシックなグレイで統一されていた。

――「それで? まずは、どっちを狙う?」
――「あのお人形ちゃんにしよう」
と男は即断した。当のルビーは何も知らず、のんびりと棒付きキャンディーの袋を開けて、うれしそうにペロリと舐めた。と、その時、カチリという微かな音が二人の耳に響いた。
「ルビー!」
振り向きざまにギルはピストルを構え、ルビーは僅かに身を捩って銃弾を交した。弾はルビーではなく、彼が持っていたキャンディーを砕いて建物にめり込んだ。
「あー! 僕のキャンディー……」
棒だけになってしまったそれを見て、ルビーが嘆いた。が、ギルフォートは向かいのビルの屋上に正確に2発撃ち込んだ。が、既に殺気の陰は消えている。ギルフォートは視線だけで周囲に気を配った。が、それ以上撃って来る様子はなく、そのまま気配も消えてしまった。

「脅しか……? それとも警告……」
ギルフォートは更に慎重に観察を続けた。が、特に変わった様子もなく、これ以上仕掛けて来るつもりはなさそうである。そこで取り合えず銃をしまい、ルビーに声を掛ける。
「大丈夫か?」
「ウェーン。大丈夫じゃないよ! 僕のキャンディーがぁ……」
とベソをかく。
「そんな物、また、買えばいいだろうが……!」
「だって、さっきの店にはイチゴのはこれ1本しかなかったんだよ!」
と主張する。
「キャンディーごときが何だって言うんだ! おまえ、今、命を狙われたんだぞ!」
「僕、平気だよ。だって、僕はもう強くなったんだもん」
と言って笑う。
「全く。呆れた奴だな」
とギルフォートも微かに苦笑すると高いビルの隙間に広がる青い空を見た。ヒュンと駆け抜ける風が過去の記憶を連れて来る。

(強くなった……?)
ギルフォートはタタッと駆け出したルビーの背中を見て想う。
「ねえ、見て! 花だよ! こんなコンクリートの隙間から出てる」
としゃがみ込んでうれしそうに話す彼を見て想った。
(おまえは、少しも変わっていない)
「きっと種がこぼれたんだね」
と笑うルビーの頬に光が当たる。
(いや。おまえは変わった。あの頃とは全く違う。おまえは、もう何も出来なかった子供じゃない。自分の命を守る方法を覚えた。そして、自分の正義に反する者を殺す方法も……。おれが教えた。全ては、おれの愛すべき完璧な人形にする為に……訓練して来たんだ。そして、おまえは付いて来た。おれを信じて、自分を信じて、そして、「グルド」という組織を信じて……だが、これからだ。これから、おまえは更にグレードアップする。おれの最高傑作の作品となる為に……)


 「バン!」
ホテルの部屋のドアを開けると中にいたルビーが水鉄砲を撃って来た。が、それを余裕で交してギルフォートが入って来る。
「あー、また、外れちゃった! どうして、いつも、そんなに上手く避けられるの?」
とルビーが不満そうに言う。
「そう訓練している」
彼は平然と言う。
「今、何処を狙った?」
「うーんと胸の辺りかな?」
「狙うなら左胸だ。もしくは、頭だ。確実に殺せ。そう教えたろう?」
「だって、いつも避けるじゃないか」
「避けられなかったら命はないと思え。もし、それが実弾だったらどうする? もし、おまえだったら」
「止める」

「ダメだ。超能力に頼るな。もっと反射神経を鍛えるんだ。最後は身体を使っての戦闘になる」
「わかったよ」
とルビーは水鉄砲を弄んでいたが、再び誰かがドアの前に立ったのを見てすかさず構えた。そして、それが開くのと同時にトリガーを引く。
「バン!」
入って来たのはジェラードだった。しかも、見事に左胸を濡らしている。
「当たった! 当たった! 見て! ギル、上手く行ったよ」
「ジェラード……」
「ん? どうかしたのかね?」
「ああ、今、実践の心得を教えていたものですから……」
とギルフォートが言う。

「もし、これが実弾だったらどうするの?」
とルビーがジェラードに詰め寄る。
「ハハハ。水鉄砲では死なんよ」
「だから、もしも、実弾だったらだよ」
「もしも? 私にとっては、もしもなんて事はないね。瞬時に見定めて判断する。それだけさ」
「ふーん」
とルビーはつまらなそうに言うとまた、それを構えて、
「バン! バン!」
と言ってあちこちに向けて発射した。
「ところで、ジェラード」
と、その間にギルフォートは先程の発砲事件について彼に話した。

「撃って来ただって?」
「ええ。向かいのビルの屋上から……。あれは、明らかにルビーを狙ったものです」
「心当たりは?」
「いえ……」
ふと見るとルビーは無邪気にソファーやバスルームの扉の影に隠れ、何かを敵に見立てて遊んでいる。そんな彼の様子をジェラードは目を細めて見つめていたが、やがて、振り向いて言った。
「わかった。当分の間、ルビーから目を離すな」
「わかりました」
「それに、目的は坊やばかりとは限らない」
「わかっています」
「なら、いい。大会が終わるまではなるべく押さえたいんだがね。必要ならばおまえの判断に任せる。上手くやってくれ」
「はい」
と話しのキリがついたところでジェラードが慌てて言った。

「坊や。部屋の中で水鉄砲をそんなに撃ってはいけないよ。部屋がびしょ濡れになってしまう」
「はーい。それじゃあ、外に向けてならいいですか?」
「ああ……」
ジェラードは適当に返事をすると、ギルを見て言った。
「それにしても大胆な事をして来たもんだ。よりによってルビーやおまえを狙って来るなんて……。しかも、ここは、マルコのお膝元じゃないか」
ジェラードが持った葉巻にサッとギルフォートが火をつけて頷く。
「どちらにしてもただでは済まないでしょうね」
と、突然、窓の外から怒鳴り声が聞こえた。
「何処のどいつだ? このおれに水を浴びせやがったのは!」
ハッとして窓際に駆け寄る二人。すると、ルビーが首を竦めてこっちを見る。フェンスにはおもちゃの赤いバケツが一つ引っ掛かっていた。
「ごめんなさい。すぐになくなっちゃうからバケツにお水を汲んで来たんだよ。それで、ちょっとここに置いたら引っくり返っちゃって……」

下を覗くと黒いスーツに身を包んだ金髪の男が上を睨みつけていた。
「すみません。家の子がとんだそそうを……」
とジェラードが詫びる。と、相手の男はその顔を見て叫んだ。
「ジェラード!」
「ブライアン!」
ジェラードも返した。
「それに、ギルフォートも……」
「やあ。しばらくだな。ブライアン」
と挨拶する。

「何だ。あの人知り合いなの?」
とルビーが訊いた。
「ああ。この世界では有名な男さ」
とギルフォートが答える。
「そう。スナイパーとしては超一流。世界一正確な射撃だと定評のあるブライアン リースという男だよ」
とジェラード。
「世界一? それじゃ、ギルよりすごいの?」
「そうだな。彼らはいいライバルなんだ。毎年、この二人でグランプリを競い合ってるよ」
「グランプリ?」
「そう。闇の世界のワールドカップさ。今年はこの街で開催される。射撃の腕を競うんだ。その為にここへ来た。今年は、坊やも出てみるかい? 優勝すれば賞品がもらえるよ」

「賞品って何?」
「今年は特殊装甲を施した超ド級の軍用ヘリコプターだそうだ」
「そんなのいらないよ。僕が欲しいのは、プレミアムリリちゃんとテディーベアなの。それから、イチゴキャンディーがいっぱい!」
「ハハハ。もし、坊やが優勝したらもらえるかもしれないよ。主催者のマルコは私の友人なんだ。その人が欲しい物を副賞として付けてくれるかもしれない」
「ホント?」
「ああ」
とジェラードは頷いた。
「それじゃ、僕、がんばるね」
と笑っているルビー。
「いいんですか? ジェラード」
とギルフォートが訊く。
「ハハハ。別に構わんだろう。それくらい……。それで、ブライアンはどうだって?」
「着替えたら階下のパブで会おうという事になりました」
と言うギルフォートにジェラードは頷いて言った。
「わかった。それじゃ、坊やもおいで。紹介してあげよう」


 ブライアン リースは、英国人で、身長も体重もほぼギルフォートと同じ。金髪で青い目の気さくな雰囲気の男だった。
「やあ。君がルビーか。初めまして」
とさわやかに笑う。
「初めまして。あの、さっきはごめんなさい。僕……」
「アハハ。別に構わないよ。おれは、細かい事は気にしない主義なんだ」
とカラリとして言う。
「それにしても驚いたな。噂には聞いていたけど、君ってホントにかわいいね。見れば見る程お人形さんみたいだ」
「僕はお人形さんじゃないよ。ちゃんと手も足も自分で動かせるもの。昔は少し難しいところもあったけど、今はちゃんと動かせるようになったんだ」
と言うルビーにブライアンは詫びた。
「そいつは失礼。おれって、どうも思った事すぐに口に出して言っちゃうのが悪い癖なんだ。気にしないでくれよ」
「わかった。いいよ」
と言ってルビーはクスクス笑うとポケットの中から何かを出してテーブルに置いた。

「へえ。それは何だい?」
「コマだよ。パリの日本展で買ったの。ねえ、きれいでしょ? 回せる? 僕、上手く回せないの」
「ふーん。どれ? こんな風にすればいいのかな?」
ブライアンがそれを摘んでクルンと捻る。と、コマは勢いよく回ってきれいな色の渦巻きが出現した。
「わあ! すごーい! 回すの上手だねえ」
と感心して見る。
「そりゃそうさ。こう見えても、おれはコマ回し名人と言われてる」
「ホント?」
「おいおい。よせよ。本気にするだろう?」
ギルフォートがブライアンを制する。
「ハハハ。ホントの事さ。そうだろう? 初めてなのに、こんなに上手く回せるんだから……」
とウインクする。それを見てルビーもうれしそうに頷く。

「フフフ。部屋に行けば、もっといろんなのあるの。今度見せてあげるね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
と言ってブライアンはつくづくルビーを見て言った。
「それにしても、ホント、かわいいね。おい、ギル。気をつけた方がいいぞ。マルコおじさんに盗られないようにさ」
と言って彼は楽しそうに笑った。
「こいつは、23だ。もう奴のテリトリーじゃないさ」
「いやいや、わからんぞ。見た目だけなら充分イケル」
とジェラードに同意を求める。
「さあね。それはマルコに訊いてみないとね」
とジェラードはのんびりと葉巻をくゆらせ、微かに笑う。

「それって何のお話?」
何もわからずルビーが訊いた。
「いやね、この大会を主催しているマルコって人が君のような美少年が大好きなんだよ。だから、ギルに忠告してたのさ」
と言われてもルビーは困惑するばかりだった。
「何かよくわかんないや。ねえ、僕、向こうで遊びたい! いい?」
と言って立ち上がる。
「ああ。いいよ。でも、あまり騒ぐんじゃないよ」
とジェラードが注意する。
「うん。わかった。それじゃ、行って来るね」
と駆けて行く。その後姿を見ていたブライアンが言った。

「おい。もしかして、あの子……」
「ああ……」
とギルフォートが頷く。
「それってフェアじゃないんじゃないか?」
とブライアンが真面目な顔で訊いた。
「フェアじゃないとは?」
「あの子、自分じゃ、いい悪いが判断出来ないんじゃないかって言ってるんだよ」
「いや。それは違うね」
とジェラードが言った。
「どう違うんです?」
「あの子は自らの意志で正義を行っているんだ。君と同じようにね」
「誰かが教えて?」
剣呑とした顔で問うブライアンに水割りのグラスを軽く指で弾いてギルフォートは言った。

「奴は、『グルド』に入る前から犯罪を犯してたんだ。ルビーには特別な力があるからね。それをコントロールする術を与えた」
と言ってグラスのそれを飲み干す。
「今では、本当に従順でかわいいお人形ちゃんさ」
と言って微かに笑みを浮かべる。そんな彼にブライアンが辛らつな言葉を浴びせる。
「地獄に堕ちるぞ」
「お互い様だろ?」
と、やり返す。ギルもブライアンもその件では一歩も譲らなかったが、自然とその話は逸れて、やがて仕事の話に流れて行った。


 「誰かが教えたから……か。ああ。その通りだ。それは、おれが教えた」
部屋に戻るとギルフォートは、ワイシャツのボタンを幾つか外すと上着を放り、足を投げ出してソファーに掛けた。そして、独り、グラスに備え付けのウイスキーを注ぐと、そのまま一気に煽った。それから、フーッと永いため息をつく。
(おれが、教えた。何もかも……)
彼は昔を思い出した。ルビーと初めて会った頃の自分を……。それは、丁度、今のルビーと同じくらいの年だった……。
 ジェラードから一人面倒を見て欲しい奴がいると依頼を受けて彼は、そこに出掛けた。だが、行ってみると、そこには意外な人物が待っていた。

「子供じゃないか!」
それが、初めてルビーを見た時の感想だった。今でもルビーは子供っぽいが、その頃の彼は本当に幼く見えた。15を過ぎたという話だったのに、実際見れば、10の子供だと言っても通用しそうな程に身体は小さく、弱々しかった。
(ジェラードの奴。こんな子供に何を教えろと言うんだ?)
内心、腹立たしくさえ想った。それでなくとも、最近、彼のスパルタ式の訓練に付いて行けずに脱落する者ばかりだったので、自分は、やはり教える事には向いていないのだと想い始めていた。と言っても、彼の専門は教育係ではない。彼自身、まだ若手の現役スナイパーなのだ。なのに、何故、こんな子供を自分に押し付けようとするのか? 彼にはジェラードの意図が読めなかった。

「ねえ、何して遊んでくれる?」
それが、ルビーの発した最初の言葉だった。
「何……?」
あどけない顔でそう訊いて来るルビーの瞳は太陽の光の中でキラキラと輝いていた。
「ねえ、何して遊んでくれるの?」
「おまえは、何をして遊びたいんだ?」
と逆に訊いた。すると、子供はうれしそうに笑って言った。
「鬼ごっこ!」
「なら、おまえが鬼だ。おれを捕まえてみろ」
「わかった。それじゃ、10数えたら追い掛けるね」
とルビーは言ったが、そのたった10の数字さえ、彼は満足に数えられなかった。
1、アインツ 2、ツヴァイ ドライ ……えーと、次は何だっけ?」
屈託のない笑顔で訊いて来る。
(こんな子供を一体どうしろと言うんだ?)
ギルフォートはますます疑問を覚えた。が……。
「もう、いい! 数えられないなら、すぐに来い! さあ、おれを捕まえてみろ」
と言って駆け出す。とすぐにルビーも付いて来た。が、その動きはぎこちなく、あっと言う間に距離が開いた。

(こいつは、知能ばかりじゃなく、身体能力も……)
ギルフォートは風の中に欝を感じた。もうずっと昔、置いてきぼりにした記憶……。
(こいつは、ミヒャエルと同じ……)
救えなかった弟と同じ笑顔を向ける彼、ルビー ラズレイン……。だが、それは、もう昔の事だ。
(振り切ってしまえばいい。そうして、ジェラードには、あれの訓練は難しいと言えばいいのだ。現に、こんな子供では、とても厳しい訓練に付いて来れないだろう。ところが、次の瞬間。驚くような展開が起きた。いきなり頭上から彼が現れてギルフォートに手を伸ばして来たのだ。
「捕まえた!」
とうれしそうに叫ぶ。それは、フワリとしてまるで蝶のように軽やかな動きだった。
「おまえ、何処から……?」
驚いて訊くとルビーはフフフと笑って答えた。
「ぼくねえ、あの建物の上から来たんだよ」
「何だって?」
彼は飛び飛びに建っている別棟や倉庫や庭園の垣根等を指して言うのだ。
「バカな……!」
「ホントだよ。ぼく、全部あれを越えて来たの! ねえ、もっと遊ぼう! 遊んで? ねえ、ぼくと遊ぼうよ」
そう言ってルビーはキラキラと笑った。


 テーブルの上で黒光りするそれを組み立てながらギルは思う。
(奴は、本当に特別な存在だった)
最後にマガジンをガチャリとはめて、感度を確かめる。蛍光灯の光がその銃身から発射口に向けて移る。


 「いいか? あの的を狙って引き金を引くんだ。反動が強いから気をつ……」
とギルが注意を言い終える前にルビーは引き金を引いて飛ばされた。
「バカヤロー! 気をつけろ! それはオモチャじゃないんだぞ!」
叱ってもルビーはケロリとして言った。
「これは、随分すごいんだねえ」
と銃口を覗き込む。
「バカ! よせ! 死ぬぞ」
しかし、ルビーはキョトンとして訊いた。
「死ぬってどういう事?」
「何も感じなくなるって事だ。喋る事も聞く事も食べる事も出来なくなる。喜びも悲しみも何も感じなくなってしまうんだ……」
「なくなっちゃう……? みんな?」
「そうだ」
それを聞くと今度はしくしくと泣き出した。
「それじゃ、もう母様は何も感じないんだね? ぼくが呼んでも、ぼくがお顔に触っても何も……」

「おまえの母親は死んだのか?」
ルビーは泣きながら頷く。
「でも、父様もだよ。それに、シュミッツ先生も……彼らはもう、何も感じなくなっちゃったんだね。ねえ、その人達はみんな、何処へ行ってしまったの? 神様の国?」
「さあな」
とギルは視線を逸らす。
「前に、死んだら、神様のお国へ行けるって教会の牧師様が言ってたよ。でも、殺された人は?」
「え?」
それは以外な質問だった。
「殺された人も神様の国へ行けるの?」

「何でそんな事を訊くんだ?」
「だって、父様はぼくが殺したから…」
衝撃的なその言葉とは裏腹に子供は微かに微笑んでいた。
「何故?」
搾り出すような声が出た。人を殺す事に当に動じなくなっていた自分の声とは思えない程、語尾が震えるのを感じた。
「母様に酷い事したんだ。ナイフで刺して母様を殺した。だから、ぼく、父様を殺してやったんだよ。いけない?」
明るい陽光に照らされて、非の打ち所のない天使の顔で、彼はそれを訊いた。

「それにね、悪い医者はぼくに痛い事したんだ。注射や検査や、それに、ぼくを縛りつけて酷くぶったんだよ! ごめんなさいって言ったのに……何度も言ったのに、全然やめなかったから、こんなに傷が出来たの」
と言って服をめくる。そこには、確かに酷い傷跡が無数に残っていた。
「やめてって言ったのに……ちっとも聞いてくれなかったんだもの。それに、あの大学の先生はシュミッツ先生の悪口を言ったの。手紙を破いてそれに……! だから、みんな殺してやったんだ。とても怖かったけど、でも……ぼくはやったよ。悪い奴をみんなやっつけてやったんだ」
と悲しい目で笑う。
「おまえ……」
それは、あまりに繊細だった。そして、何処かが狂っていた。
純粋過ぎる瞳。そして、狂気……。ふと見ると、ルビーの撃った弾は正確に的の中心を射抜いていた。